水道検針日記(199Y年12月15日)~ダンボール積載の家

今日は暖かい一日だった。12月に入ってから、同僚の検針員の人々は、会社から支給されたジャンバーを着ている人が多い。しかしジャンバーを着ていると、狭いところに入った時に邪魔になるし、カサがあるため、動きが鈍くなるので僕は着ない。内側にしっかりしたモノを着込めば十分暖かいのだ。

ところで、相変わらず仕事に行きたくない日々が続いていて、そんなわけでこの検針日記の更新も滞りがちだ。まぁ、一方では仕事に関してどうこうよりも、もう一年以上続けてきて、検針のことを書くのが飽きてしまったところもあるんだよなぁ。

もう凡そ書きたいことや、書くにあたっての手法ももう十分やってしまった気もするし。でも、ホームページのカウンターを見たら、律義に増えているようなんで、なんとか頑張ります。中には冗談抜きで更新を楽しみにしてくれている人もいるからね。

僕は、村上春樹がホームページで読者とメールをやりとりしているのを読むのが好きで、ほとんど毎日チェックしてるんだけど、たまーに更新されているのを発見すると「わーい」って思うもんね。まぁ、人生いろいろ山あり谷ありで、いつも楽しいことばかりでもないから、こんなものでも誰かの日々の潤いになるのなら……。


今日の現場はU町が2冊。合計280件ぐらい。ここの冊は、マンションが多くて、しかも冊が隣あっているので、一気にほとんど休みなしでやってしまえる楽なところだ。

ここの初めにやる冊の43件目辺りに駒田(仮名)さんという3階建ての家があって、横の鉄の扉を開けてもらって毎回メーターを見ている。

インタフォンを鳴らすと80才を越えた感じのじいさんが「はい、なんですか」と言って出てきて、「水道の検針です」と僕が言うと、直線距離にしたら6mもない距離を3分近くかかって「ほんと、狭くてすいませんね」と何回も言いながら彼が戸を開けてくれる。

ここの駒田のじいさんは、年寄りの男にしては本当に愛想がいい人で(じじいには横柄な人が多いからね)、僕は彼には以前から好感を持っているのだが、今日、上のアパートに新しい入居者が入ったようだから、その人の名前と入居日をおしえて下さいと僕が言ったら、初めは全然聞き取れないみたいで、ゆっくり大きな声で4,5回繰り返してようやく意味が通じた。

しかも、僕の言いたいことを理解できたあと、今度は、自分が言いたいことを言葉にできないらしかった。それで僕をポストのところに引っ張っていって、黙って名前のところを指差した。

入居日の方は、僕が「11月の初めの方ですか?」と言うと、ニッコリ笑って大きく頷いた。前は全然そんな風じゃなかったのに、何時の間に随分衰えてきてしまったみたいだ。

その駒田さんの4軒隣に、以前僕に養子の勧誘をした一人暮らしのばあさんが住んでいる。考えてみたら、ここら辺はかなり老人が多い。あのばあさんに会ったのは、もう4ヵ月ぐらい前だから、検針の際に声を掛けようかとちょっと迷ったけど、結局行くのはやめた。なんでかというと、要するに自分から進んで年寄りの愚痴を聞く気にならなかったのだ。

また、寂しい話を聞くのは切ないしね。そう言えば、ここの冊で以前、同じようなことがあった。ボロアパートの二階に脚の悪い84才のとめさんというばあさんが一人で暮らしていて、何かの要件で僕が尋ねると、自分は夫に先立たれて今は独りで、その夫が残した財産があるのだが、後妻であるため先妻の子供たちが分けようとしない、映画を見るのが大好きで「カジノ」というデ・ニーロ主演の映画を観るのが楽しみだ、ということを言っていた。

僕が「じゃ、そろそろ……」と言うと「あ…もう行っちゃうの……」っとポツリと言った。また次の時に寄りますよ、と僕は言ったけど、その二ヶ月後になったら、なんだか気後れしてしまって声をかけなかった。またその2ヶ月後には、もう彼女はいなかった。多分、脚が悪いので、階段を踏み外すか何かして、病院だか養老院に行ったんじゃないかと思う。あー、やっぱり年寄りの話になると、あんまり明るい話題はないなぁ。

1冊目を12時45分に終了。今朝、会社で、最近この検針日記に自分の名前が出てこないことを残念がっている荒川(仮名)さんからもらったマクドナルドハンバーガーを食べるなど、5分ほど休憩してすぐに次の冊へ。

 

ここの冊のポイントとしては、暗証番号が急に変更されてなかなか中に入れないオートロックのマンションとメーターの上に必ずダンボールを積み上げている家があることが挙げられる。

ダンボール積載の家は、夫婦で外国から雑貨や生活用品を輸入して商売をしているみたいで、庭に積み上げられているのは、その在庫らしい。もうこの1年近くメーターの上に載っかっていて、僕を悩ましているのは、赤い胴をした大形のロケット花火のような長さ40cmほどの筒状のもので、おばさんが言うには、トイレが詰まった時に吸引するために使うんだそうだ。

なんで1年も放置されているかというと、販売ルートに乗らなかったため、全く販路が見出せず、無用になったものの、かといってせっかく買ったものを捨てるのは忍びないので、仕方なくそのまま放っておかれているらしい。

おかげで僕が泣くのだ。このブツを見ると、こんなロケット花火みたいなものより、あのよく学校のトイレにある吸引器みたいなものの方がよっぽど丈夫だし、機能的に思える。こういう商売をしている人は世の中にはきっといっぱいいるんだろうけど、こういうものを輸入するセンスからすると、この夫婦はあまりこの仕事に向いてないんじゃないかという気がする。

それで50代半ばのおばさんは、「ほんと、ごめんなさいねえ」と言いながらほんのちょっとダンボールをどかすのを手伝ってくれるが、おやじの方は「あー、ホント悪いねー」などと口で言うだけでいつも何もしない。横着な男だ。

でもよく考えてみたら、おばさんの方もニコニコしてるだけで全体の9割方の作業は僕がやるのだ。検針する側の立場は弱いから「面倒くさいから、積載物はどかさないよ」と客に開き直られたら、自分達がやるしかない。

でも、ここの家のおばさんは比較的いい人なので、今度御祝儀をあげると言った。まぁ多分、口だけだな。

会社に戻ったら、バンドマンのジョニーが随分疲れた顔で帰ってきた。昨日、バンドの練習をして、ベースの人の腕がよくないらしい。他のメンバーの意見が同じだったら、こういうときは「キミはこのバンドには合わないから」ということで辞めてもらうらしい。それも辛そうだね。仕方ないけどね。