水道検針日記(199Z年2月16日)~老女との交流

今日はよく晴れて、気温も13℃くらいまで上がったみたいでとても暖かい日和だった。数日はこのまま暖かくて、週末は気温が下がるそうだ。風が吹くときつそうだね。

8日ぶりの水道検針日記で、気づけばもう月の半ばの16日。ということは、検針員にとっては月末休みも間近いということだ。嬉しい。この時期になると大変な冊はもうあまりないし。

今日の現場はU町が2冊。冊と冊の現場が隣り合っているので、移動の手間がなくて楽だ。それにマンションが多いので今日は楽勝だ。10時過ぎに出勤して、現場に着いたのが11時近かったと思う。

それで、プログラムにある順番を無視して、初めにワンルームマンションへ。ここはワンルームのオートロックマンションで、暗証番号が突然変更されて、管理会社に問い合わせの電話をしても新しい暗証番号は教えてくれなかったので、誰かに入り口を開けてもらうしかない。それで午前中なら管理人さんが掃除をしている筈なので、まずそこに行ったわけだ。

こういう暗証番号がわからないマンションでは再調査が出ないかどうかちょっと緊張する。4割以上の増減が一件でもあったら、翌日にオートロックをまたなんとかしなくてはならない。運がよければいいけど、20分も誰も出入りしなかったら悲惨だ。で、今日はラッキーなことに「ピー」音がゼロで、このマンションの再調査はなし。よし。

そのワンルームマンションを終えて、いつも通りに「001」番から検針開始。一戸建て、ボロアパート、低級マンションなどを検針して、「030」番辺りに来た時、道路で見覚えのあるばあさんに会った。それで「あ、水道屋さん、うちにもう来た?」とばあさんが僕に言った。

彼女は、次の冊の真ん中辺りにあるトタン壁の平屋に住む人で、毎回木戸を開けてもらっている。こういう風に道を検針しながら歩いていて「ちょうど良かった。今、あたしうちの帰るところだから一緒に来てよ」みたいなことを言われることはよくあるけれど、その相手の人物をみて、即座にその家が思い浮かぶことは滅多にない。

でも、今日会ったばあさんは瞬間的に思い出した。中田(仮名)さんだ。なんで僕が中田さんのことをよく覚えているかというと、彼女は広末涼子によく似ているのだ。広末涼子の顔というのは、鼻がちょっと大きくて鷲鼻っぽいのが特徴で、確かに中田さんと似ている(と僕は思う)。

一年ぐらい前からずっと「このばあさん広末に似てるなあ。本人はどう思ってるんだろうか」と気になっていたので、今日そのことを言ってみた。「中田さん、広末涼子って知ってますか?」と僕。「ああ、あの、今度早稲田に入るとかいう子?」と中田さん。「そうそう、中田さん、その広末涼子に似てますよ」「えー、でもあたしもう70代なのよぉ」。

そう言いながらも中田さんはどことなく嬉しそうで、けっこう本気で照れている。なんだか内気な女子中学生みたいな恥じらいだった。「お友達に訊いてみて下さいよ。きっと似てるって言いますから」と僕が言うと、中田さんは上気したような顔つきで「うん」と軽くうなずいた。きっと今日は何度も中田さんは鏡を覗いたんだろうな。

ところで、70代になって十代のアイドルに似ていると言われることが、どれだけ意味があるというか、インパクトや自信を与えることなのだろうか。もちろん人によって違うのだろうけど、老人だからってもういろんな意味で「終わってる」なんて思うのは若い者の誤解なのかもしれない。いや、きっとただの無知・偏見だ。

それから順調に検針は進んで、一年以上前に僕に養子を勧誘したばあさんがいる家に来た。ここ半年くらい話をしていなくて、ちょっと声をかけたいと思いつつ気後れしてできないでいた。しかし、今日は幸か不幸か「ピー」音が鳴って原因を聴取しなくてはならないので、インタホンを押した。すると「水道検針です」と言っただけで、老女は待っていたかのような早さで勝手口から出てきて、以前、蛇口漏水があったことを説明し始めた。

結局、この家で25分くらい捉まった。子供たちは、金をねだるばかりで(この前はどうしても義理の息子が明後日200万円要るというので、仕方なくくれてやった。でも何かおかしいと思って、その金が要るという日に電話をしたら、その義理の息子は接待ゴルフをしていて、ばあさんが一言何か言ったらすぐに切られたという)、ちっとも自分のことを大事にしないんで、縁を切ってやったとか、先日、「アルツハイマーの子」をうちに連れてきて、その「子」が仏壇にある「CCレモンを食べていい?」って訊くから「いいわよ」って言って老女は二階に上がって用を済ませて一階に戻ってきたら、CCレモンは5個全部食べられていて、それはどうでもいいことだけど、困ったことにテーブルに置いておいた金の指輪がなくなってしまったという。

しかし、そういう話をいつまでも聞いていてもきりがないので、適当なところで切り上げようと思いつつも、なかなかタイミングをうまくつかめず話につきあってしまった。当人はやっぱり日頃寂しい想いをしてるから、話相手ができるとなるとなかなか放そうとしない。なんでも近所の交番のおまわりさんとも仲がいいらしく、体の具合が悪いというと簡単におまわりが家まで来てくれるみたいだ。

おみやげにバレンタインか何かで医学博士の資格を持っている人(男性、72才)からもらったという生タイプのブランデー入りチョコレートをくれた。買ったら1000円ぐらいはしそうないいものだった。

その老女の家のすぐ近所に、家の中にメーターがある家があるため、毎回ドアを開けてもらう家がある。そこに行った時におばさんが「少し前に水道屋さんの姿を見たから、もう来る頃だろうと思って待ってたんだけど、なかなか来ないじゃない? それでちょっと表を見てみたら**さんちにいたから、『ああ、捉まってるな』って思って」と笑っていた。

会社に戻ってチョコを開けてみたら、箱の中にはチョコレートが20個近くもあった。一人で全部食べたら気持ち悪くなるのでそこにいる同僚の検針員や社員に分けた。そのチョコは本気でうまいものだったので、皆よろこんで食べていた。それで同僚の某氏は「バレンタインのチョコねえ。あー、そうか。そのばあさん(79才)は密かに**さんに性の意識を持っているわけだな」となぜか嬉しそうに言っていた。そうか、それは意表をつかれた。そうか、そうだったのか。