水道検針日記(199Z年2月8日)~あいつは酒を飲んだ翌日は確実にサボる

今日はよく晴れて暖かい日よりだった。なんでもここらへんは3月下旬並みの気候だったとか。風邪から復調したとはいえ、まだ体調は万全ではないのでこのように暖かいのは助かる。

今日は偶数月の山場のU町とO町の日(合計370件)なので、比較的朝早く起きて、9時少し前に出勤した。こんなに早いのなんて久しぶりだ。早いとはいっても世間一般からしたら9時出勤なんて少し遅いぐらいなんだけど。

僕はいつも10時前後に出勤することが多いので、いつもより一時間早く来ると、普段はあまり顔を見掛けない同僚の検針員の人々の顔を見ることができる。やっぱり9時前に来る人たちって真面目そうだ。

バンドマンのジョニーなんて平均すると11時前後に出勤するみたいだから、帰社するのも当然遅くて、「社員の人達も余裕を持って審査するために検針員の皆さんには4時半までに帰社してもらいたい」という要望は彼の耳には届かない。

僕なんて小心者だから、ほぼ4時半までに帰ってくるように出勤時間も考えているのだが、ジョニーなんて頻繁に5時過ぎに戻ってくる。すごいなあ。

月曜の朝に、「体の調子が悪いので今日休ませてください」と会社に電話して、社員の人が「でも、2冊のうち1冊だけでも……」と言ったところ、「すいません。今、ボク、大阪にいるんです」と答えた豪の者である。

社員の間で、あいつは酒を飲んだ翌日は確実にサボるとも云われている。それでもしかし「仕方ねえなあ」という風に受け入られているのは彼の人徳だろうか。まぁ、たまには彼のような人がいてくれると、いろいろとこちらもやりやすいこともある。今後もペースを守ってほしい。

今日はU町から。9時40分から始めて11時50分に終了。この冊には美術専門学校があるので、学生用のアパートが多い。今日、この小さな学校の中に入ったら、卒業製作の準備期間らしく、提出に関する注意書きのビラが何枚かあった。やっぱり美術関係の学生は文学部の学生なんかとは明らかに服装とか雰囲気が違う。

U町の後は金曜に検針した分の再調査。いつだったか、毎回、ばあさんが木戸を開けてくれる家で「水道検針のたびにゾッとしますよ」と僕が言われたことを書いたことがあったが、今日その家に行ったら、どういうわけかニコニコして「さっきお使いから帰ってきたんですよ。あー、よかったぁ。検針の方にご面倒かけなくて済みました」と僕のホッペにキスでもしてきそうな機嫌の良さだった。天気がよかったからかな。

再調査を終えて、公園で昼休み。サンドイッチとおにぎり。あんまり食欲がない。この公園には桜の木がたくさんあるので、あと2ヶ月後に来ると桜が満開ですごくいい頃合いだろう。

食事を済ませてベンチでぼんやりしてたら、20代半ばの青年が車椅子に70代半ばの老人を乗せてやってきて、老人の歩行訓練を始めた。老人は脳溢血か何かで倒れたことがあるらしく、左半身が不自由なようなようで、2m歩くのに1分くらいかかっていた。

それから国道を渡り、沿いをO町へ。ここは川沿いの低地なので、住宅の密度が薄くて歩く距離が長い。土木関係の飯場みたいなとこや、ゼネコンの社員寮もあり、それぞれ敷地がけっこう広い。

しかし、今日は1時から始めたので楽勝である。

検針の間中、今日はヨルダンのフセイン王のことを考えていた。昨日死んでしまったのはテレビで知った。僕は4年近く前に一ヵ月かけてシリア・ヨルダンを旅行して、帰国してからはいろいろ調べたので、この地域に関しては多少思いいれがある。特にヨルダンは、1946年にイギリスから独立して、突然、預言者ムハンマドの子孫が落下傘的にやってきて王国を建ててしまった新興国で、西にイスラエル、東にイラクと現代の中東問題の狭間に翻弄される小国である。

ヨルダン川沿いをバスで走ると、行軍中の兵隊がバズーガ砲や自動小銃を持ってマイクロバスをヒッチすることがよくあった。僕は兵隊が民間のクルマをこんな風に利用するのを見てびっくりしてしまったんだけど、地元のおじさんおばさんには当たり前のことみたいで、「おお~、これがバズーガかぁ。対戦車用かな」とか、自動小銃の底をバスの床に立てると、先がちょうど僕の頭の辺りにくるので「これ、暴発したらどうしよう……」なんて心配してるのは僕だけみたいだった。

紅海のアカバに行ったときは、「湾岸戦争中はここからイラクに何千台ものトラックがピストン輸送してたんだ」とタクシーの運転手に教えてもらった。ヨルダンの新聞の一面は大体イスラエル関係ばかりだった。フセイン国王は17才で即位してから、何度もクーデターや暗殺未遂をくぐり抜け、中東戦争パレスチナ紛争をなんとか乗り越えてきた。アラブの国というのは、いわゆる民主的な政治制度を持つところはまずなくて、ヨルダンも王様が内閣を指名し、全ての法律に署名し、軍隊を指揮し、憲法改正を承認するという完全な前近代的ワンマン体制である。

フセイン国王は絶妙なバランス感覚を持つと言われているが、それは要するに政治家としての主義主張をかなぐり捨ててでも、生き残りを最優先させたということである。一例を挙げれば、湾岸戦争当時、パレスチナ人が国民の6割を占めるヨルダンは、イラク支持、サダム・フセインはアラブの英雄としていたものの、イラク軍が完膚なきまでに多国籍軍に敗れ、国際的非難が頂点に達すると一転してイラクとの絶縁を宣言している。

隣国のシリアは、湾岸戦争時、クウェート側について莫大な額の援助をもらっている。アラブ地域は、植民地支配の負の遺産イスラエル問題、石油資源の偏在など非常に複雑な背景を背負っている。考えてみたら、もちろん苦悩はあるものの、一人の政治家としてフセイン王ほど波瀾万丈で面白い生涯を送った人もいないかもしれない。それにしても、シリア・ヨルダンは楽しかったなぁ。またホンモスをたっぷりつけてホブスを食べたい。

O町を終了させて3時半帰社。会社で検針員A子さんから「昨日、テレビに出てたでしょ~」と言われた。実は昨夜、テレビ**の「サンデー****」という番組の**特集に顔を隠してコメントをしたのだ。放送後、3人から電話があって、「テレビに出てたじゃん」というメールが1通来た。深夜帯とはいえ、芸能人が出演しているせいか、思ったより反響が大きかった。ま、それも一過性なんだけど。多分、これが僕にとって最初で最後のテレビ出演になるんだろうなぁ。

水道検針日記(199Z年2月1日)~管理人もつらいよ

1月末の29~31日の3日間、風邪をひいて寝込んでしまった。29(金)の朝に起きた時に、なんとなく背中がぞくぞくするなあ、と思ったら午後になると、体がだるくて気持ち悪くて歩くのがつらくなった。それで結局せっかくの月末の休みを闘病に費やしてしまった。

しかし、僕は年に一回ぐらい風邪をひくんだけど、たまに病気になると健康のありがたさが身に沁みてわかるね。病気ってこんなに苦しかったんだって思い出した。僕は小学校の頃、小児ぜんそくを患っていて、しょっちゅう学校を休んでいた。一度、ぜんそくになると何しろ呼吸がうまくできなくて、横に寝ることができず、かといって座った姿勢では眠ることができなくて、二日間で4,5時間しか眠ることができないことがよくあった。

ほとんど一晩中、家族が皆寝静まった後、息をゼーゼーいわせながら、暗い中、一人で冷蔵庫のサーモスタットがうなる音を聞いているしかなかった。でも、大人になって呼吸気管が太く成長したおかげで喘息も治り、風邪をひいてもとりあえずふとんに横になって寝ることができるようになった。それだけでもラッキーだ。

薬局で市販の風邪クスリを買って飲んだせいで、体調がかなり戻って、日曜の夜には、体がかなり動くようになった。今朝、起きたとき、まだちょっと気持ちが悪くて背中の悪寒が強力に残っていたので、今日は休もうかと思ったけど、できるだけ給料を減らしたくないのと、今日の冊は楽勝のところなので、会社に行った。

その前に朝食を食べた。食欲は全くなかったが、何か食べないと仕事はできないので、ごはんを無理矢理に半合ほど食べた。でも全然味がしないんだなぁ。

 

今日の現場はK町が二冊。合計280件。冊はとなり合っているので移動の手間がない。調子が悪いといっても、検針しているうちに段々体がほぐれてきて、風邪も抜けるのでは、と思っていたものの、あんまりそういうこともなくて、時々、背中にゾクゾクゾク~~という強い悪寒が走った。

悪寒というのは大した症状ではないので、いつもより2割ぐらい動きが遅くなるだけで、検針していて特別に疲れるとか、息が切れるとか、喉が痛いとか、気持ち悪くて吐きそうになるようなことはない。でも小さいながら恒常的にしんどくて、だるいんだよね。

結局、3時頃までには全部終了。一冊目の30件目辺りで、オートロックのマンションがあって、ここは以前まで管理人が必ずいたのだが、どういうわけか不在だった。管理人室の机の上とか流しなんかを見ると、それ以前まで居た気配はあるものの、1時間後に再び来てもいない。

ここは社会人の独身者用マンションか何からしく、日中は人の出入りがなく、誰も開けてくれる人がいない。20件近く翌日に持ち越すわけにもいかないし、仕方ないので、管理会社に電話して暗証番号を教えてもらった。

それでようやく中に入って検針してたら、ポケベルか携帯電話ででも呼び出されたのか、管理人のおばさんが「へっへっへ」という感じで3階までやってきて「あー、検針の人? どうもすいませんねー。ご迷惑かけちゃいましたねえ」と謝ってきた。年は50~60ぐらいで、髪を軽く栗色に染めて、笑った口の中が真っ暗で歯があんまりないみたいだった。

見た感じ、北関東出身で、中学を卒業と同時に上京、美容院で2ヵ月だけ働いた後はバーや飲み屋で生きてきた、酒と男をこよなく愛する女の人のように感じられた(勝手な想像だ)。

僕が「今までどこに行ってたんですか」と訊くと「ええ、まぁ、そこら辺をブラブラ、ハハハハ」と笑っていた。なので、サボるのは構わないが、管理会社にばれないためには、二ヵ月に一度の水道検針と毎月の電気・ガスの検針の日をチェックして、この時だけは席を外してはいけない、後はパチンコでも何でも……とアドバイスしておいた。まぁ、憎めないタイプのいい人みたいだったけど、管理人にはあまり向いてそうもない。

でも、そこは大きいマンションでもないし、管理人室はかなり狭いんで、一日中そんなところにいるのに耐えられる人はほとんどいないだろうな。

駅から会社に戻る途中で薬局に行って、薬剤師の人に症状を話したら漢方薬をくれて、それを会社からの帰りがけに寄ったそば屋で月見そばを食べた後に服用したら、かなりよくなった。悪寒が半分以上消えた。よかった。おまけに、なんと今週は水曜に中休みがあるではないか。実は、これを書いているのは2日の火曜日。合計350件をなんとかこなすことができた。明日は休みだ。助かる。

水道検針日記(199Z年2月1日)~病み上がりの検針

1月末の29~31日の3日間、風邪をひいて寝込んでしまった。29(金)の朝に起きた時に、なんとなく背中がぞくぞくするなあ、と思ったら午後になると、体がだるくて気持ち悪くて歩くのがつらくなった。それで結局せっかくの月末の休みを闘病に費やしてしまった。

しかし、僕は年に一回ぐらい風邪をひくんだけど、たまに病気になると健康のありがたさが身に沁みてわかるね。病気ってこんなに苦しかったんだって思い出した。僕は小学校の頃、小児ぜんそくを患っていて、しょっちゅう学校を休んでいた。

一度、ぜんそくになると何しろ呼吸がうまくできなくて、横に寝ることができず、かといって座った姿勢では眠ることができなくて、二日間で4,5時間しか眠ることができないことがよくあった。ほとんど一晩中、家族が皆寝静まった後、息をゼーゼーいわせながら、暗い中、一人で冷蔵庫のサーモスタットがうなる音を聞いているしかなかった。でも、大人になって呼吸気管が太く成長したおかげで喘息も治り、風邪をひいてもとりあえずふとんに横になって寝ることができるようになった。それだけでもラッキーだ。

薬局で市販の風邪クスリを買って飲んだせいで、体調がかなり戻って、日曜の夜には、体がかなり動くようになった。今朝、起きたとき、まだちょっと気持ちが悪くて背中の悪寒が強力に残っていたので、今日は休もうかと思ったけど、できるだけ給料を減らしたくないのと、今日の冊は楽勝のところなので、会社に行った。

その前に朝食を食べた。食欲は全くなかったが、何か食べないと仕事はできないので、ごはんを無理矢理に半合ほど食べた。でも全然味がしないんだなぁ。

今日の現場はK町が二冊。合計280件。冊はとなり合っているので移動の手間がない。調子が悪いといっても、検針しているうちに段々体がほぐれてきて、風邪も抜けるのでは、と思っていたものの、あんまりそういうこともなくて、時々、背中にゾクゾクゾク~~という強い悪寒が走った。

悪寒というのは大した症状ではないので、いつもより2割ぐらい動きが遅くなるだけで、検針していて特別に疲れるとか、息が切れるとか、喉が痛いとか、気持ち悪くて吐きそうになるようなことはない。でも小さいながら恒常的にしんどくて、だるいんだよね。

結局、3時頃までには全部終了。一冊目の30件目辺りで、オートロックのマンションがあって、ここは以前まで管理人が必ずいたのだが、どういうわけか不在だった。管理人室の机の上とか流しなんかを見ると、それ以前まで居た気配はあるものの、1時間後に再び来てもいない。ここは社会人の独身者用マンションか何からしく、日中は人の出入りがなく、誰も開けてくれる人がいない。

20件近く翌日に持ち越すわけにもいかないし、仕方ないので、管理会社に電話して暗証番号を教えてもらった。それでようやく中に入って検針してたら、ポケベルか携帯電話ででも呼び出されたのか、管理人のおばさんが「へっへっへ」という感じで3階までやってきて「あー、検針の人? どうもすいませんねー。ご迷惑かけちゃいましたねえ」と謝ってきた。

年は50~60ぐらいで、髪を軽く栗色に染めて、笑った口の中が真っ暗で歯があんまりないみたいだった。見た感じ、北関東出身で、中学を卒業と同時に上京、美容院で2ヵ月だけ働いた後はバーや飲み屋で生きてきた、酒と男をこよなく愛する女の人のように感じられた(勝手な想像だ)。

僕が「今までどこに行ってたんですか」と訊くと「ええ、まぁ、そこら辺をブラブラ、ハハハハ」と笑っていた。なので、サボるのは構わないが、管理会社にばれないためには、二ヵ月に一度の水道検針と毎月の電気・ガスの検針の日をチェックして、この時だけは席を外してはいけない、後はパチンコでも何でも……とアドバイスしておいた。まぁ、憎めないタイプのいい人みたいだったけど、管理人にはあまり向いてそうもない。でも、そこは大きいマンションでもないし、管理人室はかなり狭いんで、一日中そんなところにいるのに耐えられる人はほとんどいないだろうな。

駅から会社に戻る途中で薬局に行って、薬剤師の人に症状を話したら漢方薬をくれて、それを会社からの帰りがけに寄ったそば屋で月見そばを食べた後に服用したら、かなりよくなった。悪寒が半分以上消えた。よかった。おまけに、なんと今週は水曜に中休みがあるではないか。実は、これを書いているのは2日の火曜日。合計350件をなんとかこなすことができた。明日は休みだ。助かる。

水道検針日記(199Z年1月20日)~石鹸をどうぞ。一つしかありませんけど

今日は昨日聞いた天気予報通りにとても暖かい一日だった。4月上旬の日和だったらしい。僕は冬は嫌いではないんだけど、やはり暖かい日はなんだか心が弾んでくる。今日は皆さんもそうじゃなかったですか?

今日の現場はN町とK町。合計240件。まぁ、N町の方は団地だし、楽な日だ。団地の方は3階建てと平屋の二種類あって、1960年代に建てられたものらしく、両方とも建物の間が広くとられており、この辺りにしてはけっこう緑が濃い地区だ。平屋の住宅には庭があるので、何軒か主婦達が日向ぼっこしておしゃべりしているのを見かけた。

僕が「おしらせ(水道料金が書いてあるもの)」を入れた後の家では「ええぇぇー、あんたのとこ、こんなに水道料金高いのぉぉ」なんて話してたりしてね。料金が高いのは僕のせいじゃないんだけど、その家の前ではなるべく木陰に姿を隠してしまう。

「ねえ、どうしてよ。絶対こんなのおかしいよ。うちは3人家族なのになんで1万8000円もするのお?」とかさ、怒りをぶつけてくる人もいるんだよね。お客さんの方でも検針員に文句を言っても始まらないということはわかっているのだが、とりあえずこの憤りを誰かにぶつけないわけにはいかないんだな。

およそ100件あまりの検針を一時間ほどで終了。今日は4割以上の増減がある家が2,3件しかなくて簡単だった。それにやはりぽかぽか陽気で気分的にラクで気分がのったのかもしれない。

それから昨日の分の再調査を済ませ、次の現場のK町へ。ここは12時40分過ぎから始めて終了したのが2時前だった。つまり会社にもどって簡単な書類整理を除いて一日の主な業務がこれで済んだ。

今日はどういうわけか仕事のペースが早かった。ここの冊には前々回と前回に僕に石鹸をくれた◎◎省に20年勤めていたというばあさんがいる。今日も検針に行ったら、門のところに、いつものように「水道検針員の方どうぞお入りください」という貼紙が画鋲でとめてあった。

それで中に入ると、メーターの横の木に透明なビニール袋に入った石鹸が吊るされてあって、その石鹸に「**様石鹸をどうぞ。一つしかありませんけど」というメモがテープでとめてあった。ありがたいことです。

それで全部で三つあるメーターを見終わってから、玄関にまわってばあさんに声をかけた。「あー、今日来たのね、今日来たのね。昨日来るかと思って待ってたんだけど、いらっしゃらなかったでしょ。それで今日は来ると思ってたんだよ。今日は晴れて暖かくてよかったわね。あ、これ、石鹸もらってね。こんな紙(メモ)はここら辺にうっちゃっといてね」とばあさんは元気に、半分トランス状態に入ってるんじゃないかと思ってしまうぐらいに一気に話し始めた。

今日もまた彼女の仕事時代の話になった。なんでも彼女は、現役時代によく皇居にいく用事があって、皇居で用事を済ませるのは、何時何分に○○室に到着して何時何分にまた入り口の詰め所に戻ってくるという風にかなり厳密に時間に拘束されるらしく、なんやかやと精神的にツライことが多いらしい。

皇居の中はだだっ広く、移動は全部馬車でするので、味噌や米までも馬車で運んでいたとか、官庁関係の仕事の用事で来る女性職員と馬車や詰所のところで働く男性職員が結婚するケースが多かったらしい。でも話の端々から察するに、彼女は結婚はしなかったか何かで一人で生きてきたらしい。

ばあさんが働いていた頃は、K町の駅も現在のところとはいくらか北にあったらしい。ドアは現在のように自動でなく、駅に着いたら駅員が一々開けていたんだそうだ。でも、桜木町で車両火災があり、その時にドアが中から開かなかったせいで何人も死者が出て、それから自動ドア化が進んだんだらしい。

自動化が進んでも、初めは独りでにドアが開閉するのが恐ろしくて人々はなかなか乗りたがらなかったそうだ。「そんな時代だったのよねえ」と彼女はキレイな歯の入れ歯を見せて笑った。

2時20分頃に帰社。この頃、インフルエンザが流行っているせいで、検針員の中にも何人か続けて休んでいる人がいる。そのせいで、明日は欠員のための応援をすることになった。ホントは疲れるので、その分金が入るとはいえ他人の冊までやりたくないんだけど、今後、僕も休むこともあるだろうし、ということで断れない。まぁ。100件くらいだし。同僚の某氏は、連日応援をしているせいで、給料が増えると喜んでいた。

 

水道検針日記(199Z年1月19日)~検針員の悩み

もう19日か。もうすぐ2月だよ。毎月、月の初めに件数が多くて、徐々に数が減ってきて嬉しい。あと一週間で月末の休みだし。

今日の件数は合計190件。190件なんて木曜日の460件に比べたら言うまでもなく何でもない。あっという間に終わってしまう。それで今日は10時半に起きて11時半に出勤。会社に着くと、検針員はほとんどすでに外に出ていて、僕が最後だった。

現場はB町とK町。最初にB町。ここは110件しかないのだが、メーターが、使われなくなった幅1,5m・長さ10mほどの私道の薮の中にあったり、社宅の駐輪場の鉄板の下に8つ並んでいるたりとちょっとクセがある冊だ。

つい最近まで、老女が入院していたため空家になっていて、(近くに住んでいる親戚の方の同意をとって)毎回塀を乗り越えて検針していた家があったのだが、老女がついに亡くなったのか、前回来たときにはすでに更地になっていて、今日行ったらアパートができていた。

割と立派な構えの家の庭に夏草が生い茂り、いろんなゴミがたまっていくのを見るのは物寂しいものがあった。かといって昔風の日本家屋と庭が潰されて、かわりに敷地の隅いっぱいまで使ってアパートが建てられているのもなんとなく哀しい。そこの家は敷地が100坪はありそうなので、多額の相続税を払う必要があるとかそういう事情があるのかもしれない。

B町のアパートで、前回と同様に空家のはずなのにもかかわらず前回は2トン、今回は5トン水を使っている部屋があった。102号室。ガスメーターのバルブが横になっていて(縦は開栓)、電気メーターが止まっていたのでこれは空家の証拠。

となりの大家のとこに様子を訊きにいくと「あらおかしいわねえ、なんにも使ってないんだけど……」ということなので、漏水がないか再度確認して、やはり異常なし。

「うーん、どうしてだろう」と二人でしばらく考えていたら、廊下の脇に洗濯機が数台置いてあって、101号室の人が102号室の分の蛇口から水を使って洗濯していたことがわかった。

大家は、101号室の人がその蛇口を使うのに同意していたが、使用者は自分じゃないからということで支払拒否。101号室の人は不在だったので、メモをかいて今まで使った5トン分の料金負担の同意をとったりしないといけない。いろいろメンドウくさいので僕はイライラしてしまって「もう、こういうことはちゃんと注意してくださいよー」と言ったら、大家はちょっとビビっていた。前からこの人は水道検針をなめている節があったし、ちょうどいい。

B町を1時半に終了。それからK町の検針へ。ここは80件しかない。あるワンルームアパートで「ピー」音が鳴った。でも、増えた量自体は少ないものだし、インタフォンのないアパートの女性の部屋だったので、こういう場合はまず聴取はしない。ベルを鳴らしてもまず出てこないしね。

でも、今日は部屋の前でメーターを見ているときに20代半ばの女性が出てきたので、「あのー水道検針なんですが……」と聴取した。自分の部屋の前で、突然見知らぬ男に話しかけられるのは、やっぱり恐いようで彼女はとても緊張している。

何やら公共料金関係の職員を装った新手の性犯罪者なのかもしれないと思われても不思議はないもんなぁ。髪は長いし、ヒゲはちょっと伸びてるし、頭にタオルまいてるし。こういうときは、なるべく事務的に手短に話を終わらせるのがいい。

それから木曜に検針した分の再調査を終えて帰社。書類整理などをしながら大垣君(仮名)と話をした。なんでも大垣君は一生水道検針の仕事をするつもりなんだそうだ。「だってこんなに時間がとれて、しかも給料がいい仕事はないでしょう」と彼は言う。

まぁ、確かに大垣君のようなバンドマンにとっては練習する時間がとれないのが何より一番つらいだろうからね。しかし、一方で検針員をしていたら結婚できないんじゃないか、という不安もあると言っていた。

確かに、よく文庫本のカバーの裏にある結婚紹介所みたいなとこに応募しても、収入の面ではねられてほとんど誰も紹介されないだろうしなぁ。かといってバンドマンとして売れるのはあまり期待できないし……。「生涯一検針員」で構わないという、ある意味で達観している彼にもいろいろ悩みがあるのだ。

水道検針日記(199Z年1月11日)~管理人に怒られた・・・

今日は風が強くて非常に寒い一日だった。ちょっと前に最低気温はもっと低い日はあったろうが、今日はとにかく風が冷たかった~。よく北海道の人が「関東は北海道より寒い」なんて言うけど、それだけ風が体感温度に与える影響って大きいんだよね。

実は土曜から僕は体調を崩していて、寒気と悪寒を感じてちょっとしんどかった。熱もせきもなく、多少体がだるい程度だったので、何とも思ってなかったのが、土曜日に友人宅の新年会会場で気分が悪くなって、悪寒を感じ、結局ほとんど水以外は飲まず食わずだった。ま、いいんだけど。

それで、その新年会で今年初めて友人Pに会った。「正月はどうだった?」と僕が訊いたところ、なんと彼は齢32才にして60過ぎの母親から3万円もお年玉をもらっていた。ぎゃっはっはっは。やっぱり、やばいよ、それは。

まったく、この頃、Pはパチンコばかりやって週に2回働くだけだし、新年会で質問コーナーみたいのがあったんだけど、彼が人に質問するのは「去年の性状況は?」とか「最近、セックスはど~ですか?」なんてことだけだった。しょうがねーなぁ。

 

ところで今日現場はB町とK町合計390件。初めにB町から検針。

ここの冊は、アパートが適度に混ざっていて、体調が悪い上に、190件もあるわりには2時間弱で終了。今日は風が強いせいか、あんまり外を歩く人がいなかった。

どういうわけか、今月に入って4割以上の増減があって「ピー」音がなる家が少ない。いつもの7割ぐらいだろうか。それでたまに「増」の家に聴取すると「あらやだ、お正月に孫たちが来ていたせいかしらねえ」というのが多い。一戸建てはどうでもいいんだけど、一つのマンションで全室「ピー」音が鳴らなくて、明日再調査に来なくていい場合は嬉しい。

時々、一階から上がって行って4階の最後の405室で「ピーッ」って鳴ると、イライラが倍になるけどね。今日は、最後の一戸建てで、必ずカギをかけていて、不在率50%の連続3軒がどれも居てくれてラッキーだった。

それから、金曜日に検針した所の再調査をやって、駅から少し離れた寺の前にあるモスバーガーで昼休み。本当はおにぎりでも買って、公園で食べようかと思ったのだが、風が強くてつらそうなので、こっちにした。あんまり食欲がないのでチーズバーガーとミネストローネだけ日当たりのいい席でゆっくり食べた。

今日、気づいたんだけど、モスは店員に50代のおばさんも雇ってるんだよね。学生バイトばかりのマクドじゃ考えられない。モスのこういう姿勢は評価できる。だって、何でも若い人ばかりがチヤホヤされて、まるで年をとることが恥ずかしいことだといわんばかりに中年以降が冷遇される世の中はおかしいもの。

それからK町へ。ここはほとんど駅前地域だ。マンションが8割方を占める冊なので200件近いにも拘わらず1時間半で終了。ここも4割以上の増減で「ピー」が鳴ったのは2,3件しかなかった。

あるマンションで検針していたら、空き部屋の補修をしていたらしい管理人さんが廊下に出てきて、僕に向かって「おい、もっと静かにやってくれよ」とかなりイラ立った様子で言った。僕としては、そんなにうるさいとも思わなかったのだが、どうやら風が強い状況で、メーターボックスの戸に取っ手などがないため、戸を閉める時に気圧の関係で吸い込まれるようにバタンと強く当たってしまうようだった。管理人さんがイライラしている様子だったので、僕も一瞬、何か言い返したくなったけど、我慢してよかった。

明日も風が強いようなら何かもっと着込んでいかなければ。明日は駅前の噴水の検針だ。

水道検針日記(199Z年1月6日)~何もしないでゴロゴロしていたい

今日は今年に入って三日目の仕事だ。相変わらず仕事はしたくないなぁ。できることなら(まぁ、やればできるんだけどさ)何もしないでゴロゴロしていたい。

さっき、***の代表格ということで最近名前が売れてきた友人のKと話をしていて、彼はこの3年の間丸っきり労働をしていなくて睡眠時間が長くて有名なんだけど、近頃は、ついにと言うべきか一日16時間も眠ってるんだそうだ。

Kは「うーん、一日16時間も寝ると(他に)何にもできねえなぁ」と嘆いていた。当たり前だ。

善福寺川の公園のベンチに30代半ばの男性で、いつも寝転がっている人がいて、彼はイヤホンでラジオを聴いたり、雑誌を読んだりしている。最初はホームレスかと思ったが、服をよく変えているし、割とこざっぱりしている。

この人のことも見かけるたびに羨ましいと思う。本当に公園のベンチでゴロゴロしているだけなんだけど、それでもなんか楽しそうなのだ。僕は彼とは人間の器が違うので、一日同じことをやってもそれを楽しむことはできないだろうけど。やっぱり、僕は近未来の生活に備えて仕事をやるんだな。

今日の現場はH町とK町。合計330件ぐらい。H町を先に済ませて、昨日検針したK町の駅前商店街の再調査へ。昨日見れなかった店のメーターが二件と、マンションと飲み屋のリッター針の動作確認と、雑居ビルの大型メーターの増量聴取がその内容。

雑居ビルの場合は、ピンサロと雑貨屋と食堂が入ってたりして「最近何か変わったことは……」なんて聴取できないね。昨日は、何事もなく平穏無事に検針できた。

検針の途中で、商店街にある某社の前に行った。友人のZ君がその店でかつて働いていて、いろいろな方針を巡って組合と会社間で争議が起こっており、昨日は店の前でビラまきをするというので様子を見に行ったのだ。ビラまきをしている人の中に友人が2,3人いて、僕が行くと「おー、こんなとこで何やってんだよ」ということになって、僕がハンディと検針棒をちらつかせて「コレ、コレ、水道検針してんのさ」と。

それで、時々、現場で偶然知り合いに会って、皆が一様に「おお~、こんな格好してやってるのか」と驚かれるのが、作業中の服装だ。まぁ、どこにでもある作業服だから、そんなにジロジロ見ることもなかろうと思うんだけど、友人が日頃とは全然違うタイプの服装をしていると新鮮なのだろう。僕が「どう?」と訊くと、大谷くんは「おー、カッコイイよ」と言った。当たり前だ。

それからK町の検針。1時15分ぐらいから初めて、合計190件弱だから3時半頃には終わるかなと思ったものの、やっぱり4時近くまでかかった。ここは、小さな飲み屋が多かったりして、アパートが多い割には時間がかかるし、体力的にも終わるとグッタリ疲れる。最後に、前回1000立方誤検針をした飲食店に行くと、おやじさんが出てきてちょっと立ち話をした。電話では話したことはあるが、実際に顔を合わせたのは初めてだ。ニューヨーク・メッツの吉井投手に似ていると思った。

「この前はすいませんでした」と僕が言うと、「いや、別にいんだけどさ」という顔で軽く笑っていた。謝罪がてらこの店に来ようかなんて前回書いたけど、やっぱり行かなかったな。僕は人見知りするんで、「いやあ、誤検針してすんませんでしたねぇ」と言ったきり話が続かないとお互い困っちゃうしね。