水道検針日記(199Z年4月15日)~広末似のばあさん

今日の天気はどうだったろう。確か快晴とはいわないまでも、けっこうよく晴れ、気温もそこそこ上がったような気がする。昨日は天気が良くて昼間は暑いぐらいだったけど、夜になったらかなり寒かった。これが段々気温が上がっていくと、蒸し暑くなって検針には辛い季節になるんだな。

今日の現場は2冊ともU町。現場も隣り合っているので移動の手間がなくて楽だ。今日の冊の特徴としては、養子勧誘ばあさんと広末涼子似のばあさんと、メーターの上に常にダンボールが山積みになっている家があることか。

まず、養子勧誘ばあさんについては、僕が検針に来た時には、庭に水撒きをした後があって、ばあさんが在宅中のようだった。前回はチョコレートをもらったものの、25分ぐらい拘束されて彼女の身の回りの人の話を聞かされてしんどかったので、今回はパス。半年に一度でいいだろう。

だから、ばあさんに発見されないよう、なるべくメーターボックスを開閉するときに音をたてないように神経を使った。ヒヤヒヤしたよ。その後、中(にある)メーターのため、毎回、戸を開けてもらう家に行ったら、おばさんに「**さんとオハナシした?」と訊かれた。

「いやー、今日はちょっと遠慮しちゃいましたよ。……この前ゆっくり話したし」と僕が答えると「ううん、それでいーのよ。あたしもねぇ、この前は30分も捉まってねえ。年とるとああなっちゃうのよねえ」とおばさんが言った。**さんも若い頃とまで言わなくとも、旦那さんが生きている頃は、誰彼かまわず話し相手を見つけて、一方的に何十分も話を聞かせるようなことはなかったろうに。年をとるということは、やはりこういうことなのか。

その後、輸入業を営んでいて、メーターの上に毎回5,6個のダンボールが2列も積載している家では、今回も僕が一人で箱をどかした。参るなあ。多少、威圧的に脅しをかければ(「あんたねぇ、こんな風に置かれると困るんだよー」とかさ)対応も変わるんだろうけど、そういうのもイヤだしなぁ。

家が狭いからどうしても、メーターの上にもダンボールを置く必要があるのは分かるけど、もう売れないとわかっている便所の詰まりを直す器具は処分したらどうだ。

それから、あの広末ばあさんに家に行った。この家は毎回、横の木戸をばあさんに開けてもらうので、今回も広末ばあさんと話をした。「もう大分あったかくなって良かったわねえ。この前の検針の時にはすごく寒かったけどねえ」とにこやかに声をかけてもらった。

それで僕が「ねえ、中田さん(仮名)、あれ(広末涼子に似ているかどうか)、お友達に訊いてみました?」と聞くと、「もお、と~んでもない、そんなこと聞けないわよー」と照れた様子で言っていた。今日また改めて、そのばあさんの顔を見てみたけど、まさか本物と見間違える人はいないとしても(当たり前だ)、八重歯のあたりが広末に似ている。

八重歯があるってことは、70代にして入れ歯じゃないってことだよね。前歯が3枚ぐらいなかったものの、下の前歯はちゃんとしている様子だったし。広末ばあさんは、広末に似ていると言われて満更でもなさそうだった。いいことをした。

その後、ワンルームマンションに入ろうとしたのだが、1年ぐらいまえに管理会社に暗証番号を変更されて、新しい番号は教えてもらえないので、仕方なく全部の部屋のインタホンを押した。でも、誰からも反応がなかったので、入居者が出入りするのを待つしかなく、時間に余裕があったせいもあって、建物の前でぼーっとしてたら、結局、30分も無為に待つことになった。

40戸もあるマンションなのに、そういうこともあるんだなぁ。午前中に来れば管理人が掃除をしているから、中に入れるのに、今日はそのことをすっかり忘れていたのだ。

帰社してから、入居者の名前と入居日をおしえてもらうために、2軒ほど不動産屋に電話をかけた。社員としては、特に異動の季節であることもあって、検針員に不動産屋に電話をしてまでも、なんとか入居をとってきてもらいたいのだが、検針員としてはそれが面倒なので、電話をするか・しないかというのは、迷うところだ。

僕は毎日のようにかけている。小川君はやらないそうだ。僕はなんとなく社員が恐いんだなぁ。入って1年目ぐらいはそんなこと何ともなかったんだけど。13日(火)に某区民センターで組合と会社との再団体交渉があった。前回、一ヵ月前に行った団交の後、組合が再要求をして、それに対する回答と交渉をするためだ。

前回では、検針単価(メーターを一個見る単価)の賃上げと再調査の賃上げと報奨金の査定項目の見直しを求め、全て拒否された。今回は、報償金制度において、皆勤賞として2000円つけろと組合が要求した。回答としては、×。景気が悪くて、行政からの会社への検針委託料も下がっているし、拒否されるのはわかっているが、今後のことも考えると組合としては要求を出しつづけるしかない。

30分の休憩を含めて6時~9時まで交渉をした。僕は、少し前に行われた打ち合わせをサボったせいもあって、話の内容がいま一つ理解できず、交渉の時はほとんど何も言わなかった。負けるのが分かっているせいもあって、早く交渉が終わって、居酒屋に行ってビール飲んでピザを食べたい、とそんなことばかり不謹慎にも考えていた。

交渉の様子としては、委員長と演劇おばさんBが労働法などを持ち出して、正攻法に穏当に議論していくのに対して、演劇おばさんAは「あのさー、あたしたち検針員は、2年前に一方的に報償金制度が変えられて、実質的に賃下げになってすごい憤慨してるのよー。皆さん、そういうあたしたちの気持ちわかってんのお?」と、シックなスーツに身を包んだ会社の役員達に極めてくだけた調子で話し掛けていた。

それを向こうも面白がっているようだった。これが女だから受け入れられるんであって、僕なんかがそんな口きいたら、雰囲気的にマズくなるんだろうな。交渉が終わって、駅前の「甘太郎」で飲み会。

今回の交渉で、例えば、報償金とはどういうもので、その制度を変えることの正当性とか、検針員の持ち込みバイクのガソリン補給のカットを巡り、ガソリンが検針業務のための必要品として認められるべきかとか、議論して相手を論破していく理屈の勝負だということがわかった。それが、今まで委員長がしきりに言っていた「団交に数は関係ない」という意味なのだろう。でもね、いくら正しいことを言って、会社側を論破したとしても、その正しさを認めさせるのは、結局「力」なんだよね。

「力」っていうのは物理的な数が最も大きい。交渉の時に、2年前みたいに、会社側が4人、組合側が委員長と井手君の二人だけではナメられるし、そんなんじゃ全然恐くないし、勝てるはずがない。これから、今回の団交の話などを報告するために、組合員以外の検針員に向けて通信を作ることになった。ああ、疲れたなあ。組合活動は、遣り甲斐があることだけど、**に僕一人しかいないというのは辛いなぁ。