水道検針日記(199Z年3月18日)~会社との団体交渉

今日は4月のような春の日和だった。作業服は、厚手のものでなくワイシャツのような薄い生地のものを着てちょうどよかった。自転車に乗っても寒くない。街では半袖の子供や若者もけっこう見掛けた。なんだか春を越えて初夏のような感じさえした。

今日は10時少し前に出勤。現場はN町の公団住宅とK町の合計230件ぐらい。初めにN町。ここは、公団住宅といっても比較的緑が多い地域で、特に平屋の方では玄関先に木を植えて家が多い。

前回より4割以上の増減がある家が少ないせいもあって、110件ぐらいを1時間強で終了。それから、昨日やった分の再調査をささっと終え、コンビニでサンドイッチとおにぎりを買い、ヤングサンデービッグコミックスペリオール(『あずみ』が好き)などを立ち読み。それを公園で食べて、それからK町の検針開始。

ここも100件ちょっとなので1時間と少しで終わる冊だ。順調に検針を進めて、半分ぐらいまでいったところで、よくタバコをくれるばあさんがいる家に入った。いつもは鍵がかかってばあさんに開けてもらっているが、今回はかかってなかったので「水道検針でーす」と言いつつ、メーターがある隣家との壁際へ。

メーターのところに行ったら、いつもは何も載っていない蓋の上にエロ本が一冊積載していた。表紙からするとどうやら洋物だ。雨にぬれたのかちょっと重い。一体、なんでこんなところに唐突に一冊だけ、ポツンとエロ本があるのか不審に思いつつ、パラパラと軽くページをめくってから、検針をした。それで思ったんだけど、可能性として、

仮説1.ばあさんが、どこかで入手したエロ本を僕のために好意でメーターの上に置いてくれた。

仮説2.誰かが道路から投げ捨てたエロ本がたまたまメーターの上にのっかった。

という2点が考えられた。一般的には2を採る人が多いだろうが、あのとぼけたばあさんならまんざら1の確率も低くないと思う。でもさ、あのばあさんがくれるものって、僕はタバコは吸わないし、エロ本(くれたと仮定)は別に好きじゃないし、(まぁ、嬉しいんだけど)あまりロクなものがないんだな。そういえば、エロ本なんて高校生の時以来買ってない。

その家のすぐ近くに、毎回せっけんをくれる、昔、○○庁に務めていたばあさんの家へ。今日も門に「水道検針の方お入りください」と貼紙があった。でも、今回はメーターの傍の木にせっけんはくくりつけられていなかった。

そのうち、物音を聞きつけてばあさんが中から出てきて、草取りのし過ぎで右側の膝の関節が痛くなったので一月近く寝込んでいたとか、もうこれからは草取りは人に金を払ってやってもらわねばならないとか、部屋を貸している学生さんが、実家の経済的事情のために宇都宮に帰ってしまったので、また新たな店子を獲得しなくてはならない、けっこう忙しいのよとか、今回はたまたませっけんを切らしてしまった、申し訳ない(実は、僕は石鹸は同僚にあげている)次はちゃんと補充しておくからね、あなたは、景気が悪いんだしこの仕事辞めちゃだめよ、じゃまた5月に来てね、ということでその家を後にした。

この冊の検針終了がちょうど2時だった。それから会社に戻って、簡単な事務処理をして、事務所を出たのが2時半。今日はそれから****に行った。会社側と組合側の団体交渉があるのだ。交渉は、組合がある----と会社の本部がある**方面のどちらか、毎年交代で行われている。

集合時間は6時半なので、**で軽い用を済ましてそれから**へ。**には某運輸会社時代に何回か来たことがある。でも5,6年ぶりなので大分記憶が薄れていた。イトーヨーカドーやらデパートやら派手な大型店舗があるので、あの泥臭い---はどこへいったのか……と不安を感じたものの、南口に行ったら、ここは大阪か南千住かと見まがうばかりのディープな、スポーツ新聞と失業者の姿がよく似合う町並みがあった。ほっとした。ここには洗練された都会にはない地元住民の土着の落ち着きとお互いをよく知る親密さがある。

時間がかなり余ったので、交渉が行われる勤労者センターみたいなところのロビーで読書して時間をつぶした。6時近くになって駅の待ち合わせ場所に行くと、委員長がすでにいて、演劇おばさんの片割れのAさんが、親族の都合で田舎に帰っているため、今回は参加できないとのことだった。結局、組合側の参加者は、僕、委員長、演劇おばさんB、C君の四人。

予約してある場所は、センターの二階の和室で、ぼくたちが行くと、会社側はすでに席についていた。その前に、みんなで自販機の紙コップコーヒーを飲んで一服。なんだか少し緊張する。しかし、床にヤンキー座りでタバコを吸ってくつろいでいる演劇おばさんBの姿を見て、ちょっとホッとする。

組合側が2月26日付けの要求書で要求した項目は以下の通り。

1.中高層住宅、つまり団地、マンションなどの検針単価の1円アップ。
2.再調手当ての50銭アップ。

3.基準内漏水の発見手当てのアップ。「ピー」音が鳴らない通常通りの使用量でも、漏水を発見したら100円支給→300円に。

4.誤点検をしたら、報償金を減らすのではなく、報償金は以前のように皆勤賞を中心に評価して欲しい。

 

そして、会社側の回答は、景気の更なる悪化、水道局からの委託料の値下げなどもあり、仕事があるだけ有り難く思えというようなことを言いつつ、結果としては全て拒否だった。元々、会社としては給料を下げたくて仕方ないのだから、この不況を利用して押し切らないはずはない。

途中、30分の休憩をはさんで作戦会議を開いて、結局、報償金に皆勤賞を3000円プラスする要求を一つだけ出した。それに対する会社側の回答は、本社に持ち帰り、25日までにファックスで送るということに。尚、4月に毎年行う会社と検針員の契約書の内容の変更は特にないことを確認した。

去年は、変更しないといいながら、60才定年制と検針時間の9-16時制を導入しようとして、組合側が上部団体の労組に頼んで圧力をかけてもらって、それは撤回された経緯がある。

会社側からは総勢四人。役員が一人いた。皆、当然のこととしてネクタイにスーツ。なんだか僕は威圧された。さすが委員長だと思ったのは、そんなことにはまるで怯むことなく、強気で交渉していた。力関係としては、こちらが圧倒的に弱いのだから、もっとなめてかかるような素振りを見せてもよかろうと思ったが、会社としては、無用な刺激や挑発は避けるという意図があるらしい。

下手に検針員を見下すような発言をして、怒りを買い、検針員が組合結集なんてことに

なるのが最悪のはずだ。

それから演劇おばさんBが帰って、3人で居酒屋に入った。僕もなんだかビールが飲みたかった。

居酒屋にはいかにも自営業か肉体労働者風の前歯がなくて濃紺の帽子をかぶった中高年の人が多くいた。こういうのいいね。音楽もかかってないし。すっかり酔っ払って駅に向かうと、駅前にべたっと座り込んだ若いお母さんが子供と一緒にいた。なんだか東南アジアみたいだ。**ってエネルギーがありそうだなぁ。